夕方、授業の合間の時間、塾の入口自動ドアが開いた。
そこに立っていたのはスーツの男性だった。保護者様にしては少し若い。異様な雰囲気であった。
少しシワのついたスーツに、足元は革靴ではなく、スニーカーだった。その組み合わせが異様な雰囲気を出していた。
『私服刑事は、いざというときのために革靴は履かない。スーツにスニーカーという組み合わせだ』と、昔マンガか何かで読んだことがあったが、まさかねぇ。。
「こんにちは」
この間0.5秒くらい、俺は一瞬おかしなことを考えたが、スーツにスニーカーの男性に、来客者として、すぐにいつも通り挨拶をした。
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これは実話ですが、本人が特定されないように設定をいろいろ変更しております。また多少の脚色もしています。ということで、フィクションということにしておきます。
これに関わった卒業生も見ているかもね(^^)v 裏ではこんなことがあったんだよ。思い出しながら読んでね。笑
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俺は大学卒業後、塾に正社員として就職をした。
一言では言い表せないほどのことがあり、早くも1年後には、俺は正式に塾をすべて任されるようになった。
23歳とは若い塾長である。対外的には若いというだけで安心感がなくなると思った俺は、塾長であるとは発表をしてはいなかった。名乗るときは「主任」とか「任されています」とか、意図的に曖昧にするようにしていた。
昼から夜まで多い日には6クラスも授業をする春期講習。
毎日、クタクタになり、授業後にはは翌日の授業準備をする。睡眠を極限まで削り生徒たちのために命を削る。そんな春期講習は授業以外他のことに構っている余裕はない。
しかし、その最終日に大事件が起きた。
忘れもしない4月6日。2年生の授業を終え、次の3年生の授業までは1時間の空き時間があった。準備をしながら、遅めの昼食のサンドイッチをかじっていると、自動ドアが開き、、、、、冒頭部分の話である。
スーツにスニーカーの男性が丁寧に言った。
「塾の責任者の方はいらっしゃいますか?」
「はい、私です。」
23歳の若い俺を塾長だとは思わなかったのだろう。一瞬たじろぎ、男性は声に出して名乗ることはせずに名刺を差し出した。
そこには『東入間警察署 少年課 巡査部長 (スーツにスニーカーの男性の名前)』と書いてあった。
スーツにスニーカーの男性が声に出して名乗らなかったのは、周りに生徒や先生たちがいたから、気を遣ってくれたのだ。
俺は警察官の名刺を見るのは初めてであったが、警察の旭日章(キョクジツショウと読む、星みたいなあの紋章)からして本物だろう。
あ~、当然、何かなければ刑事さんが塾に来るわけはないよな。そう思い、周りには生徒たちや先生たちがいたので、とっさに、奥の個室に通した。
個室でソファーへ腰掛けていただくように促すと同時くらいに刑事さんが言った。
「単刀直入に申し上げます。おたくの塾にこの子たちが在籍していますよね」
刑事さんのヨレヨレのバッグからテーブル上に出されたA4のコピー用紙に名前が8個、カタカナで、なんとも冷たく事務的に列挙されていた。
間違いない、うちの生徒の名前だった。
あいつら、何かやらかしやがったな。
「はい。全員うちの生徒たちです。あの~、こいつら、何かしたんですか?」
「実は、近くのホームセンターで集団万引き事件がありまして、防犯カメラや聞き込みで、この子たちが関わっている可能性が高いと判明したんです」
俺は顔色一つ変えなかった(と思う)。
「証拠写真か何かあるんですか?見せてください。」
俺は、生徒たちのことを信じたい。刑事さんを敵視したわけではないが、大切な生徒たちが捜査対象になっているのだ。冷静を装うので精一杯だった。
「捜査資料のためお見せはできませんが、内偵捜査はほぼ終わっています。あとは、彼らに直接話を聴くため、警察署に来ていただくことになります。そのため、彼らの住所と電話番号を教えてもらいに来ました。」
たんたんと言う刑事さんのセリフは、まるでテレビドラマのワンシーンのようだった。
「そこまで捜査が進んでいるなら、学校とかで住所はわかるでしょう。」
俺は、非常識だとは自覚しながらも、堂々と生徒たちをかばっていた。すべて何かの間違いであってほしかったが、おそらく間違いないのだろう。あいつらが法を犯したのだろう。
だが、俺は捜査に協力する気にはなれなかった。
刑事さんはたんたんと言った。
「それが、今は春休み中なので、学校では対応してもらえず、塾に来ました。」
俺は、迷った。常識的に正しいのは、刑事さんに住所と連絡先を教えることだろう。しかし、俺は俺のやり方でやりたかった。
「刑事さん、すみませんが、彼らの住所と連絡先は教えられません。」
刑事さんは驚いたようだ。
少し間を置いて、刑事さんが強い口調で言った。
「いいですか?この子たちは、犯罪を犯しました。あなたは先生なのに、その肩を持つのですか?その前に、いち市民として、警察の捜査に協力していただきます。捜査妨害をするつもりですか?」
「妨害するつもりはありませんが、そう受け取られても構いません。彼らの住所と連絡先は絶対に教えられません。」
刑事さんは困ったように、手帳をペラペラめくっていた。そして言った。
「そうですか。それならば、明後日まで待って学校に問い合わせればいいだけです。」
なんとも冷たい言い方だった。
「刑事さんは、彼らを逮捕してどうしたいのですか?」
(※中学生の場合「逮捕」とは言わないのだろうか?詳しくはわからないが、そんなことはいちいち考えている余裕はなかった。)
「私は警官ではありますが、少年課です。子どもが間違いを犯したならば更生させることが目的です。」
「刑事さん、僕も同じ気持です。彼らが犯罪を犯したならば、被害者に対して謝罪させ、償わせ、反省させたい。でも、僕なりのやり方でやりたい。」
「そのお気持ちはわかります。しかし、被害届けも出ていて、捜査も進んでいますので、、、」
「すみません。今日はお引き取りください。」
しぶしぶ帰り支度をしながら刑事さんが
「何かありましたら、その名刺の番号にお電話ください。先生、お若いのに、肝が据わっていますね。」
と言って帰っていった。
その瞬間、その名簿の一番上にあったキヨシに携帯メールを送った。
「すぐに電話をくれ。」と、俺の携帯電話の番号を送った。
1分もせずにキヨシから電話がかかってきた。
「先生、なに?どうしたの?」
「キヨシ、今どこにいる?」
「○○の家」
「そうか、すぐに塾に来い。」
「え?」
「緊急だ。すぐに来い。」
キヨシは無言だったが、タダ事ではないと察し、電話を切った。
その後、同じように『万引き犯名簿』に書いてあった名前に電話やメールをした。
真っ先にキヨシが塾に到着した。平然としていた。
「なに?俺、何かした?叱られんの?」とあっけらかんと言った。
個室に招き、刑事さんが来たことを話した。
「・・・まじ?」
キヨシは顔面蒼白になった。
「なんの件か心当たりがあるのか?」
「・・・・・」
キヨシは下を向いていた。
「そうか。心当たりがあるのか。お前、本当に万引きやったのか?」
「・・・・・」
キヨシは下を向いたままだったが、否定をしなかった。
彼の反応から、やったことは確かだった。
「馬鹿野郎が」
俺は失望を隠さずに力ない声で言った。
「・・ごめん。先生、どうしよう。親には言わないで」
涙目で彼は助けを求めてきた。
「アホか。そんなレベルじゃねーだろ。でも、何かできることはあるかもしれない。関わったやつ全員呼べ。今すぐ。」
それから、15分以内には全員が塾の教室に集まっていた。
空いている教室に全員座らせた。全員が下を向き無言で俺が話し始めるのを待った。
「お前ら、念のために確認しておく、万引きの件で刑事さんが塾に来た。その万引きに関わっていない奴はすぐに帰ってよい。」
全員が下を向いたまま、座り続けていた。それは、万引きを認めたということである。
真面目だがお調子者のコウタが、涙と鼻水を垂れ流しながら言った。
「先生、高校もダメかな?俺の人生もうダメかな?」
コウタは嗚咽していた。
「お前らは馬鹿野郎だ!」
俺は怒鳴った。
怒鳴ったものの、すでにやってしまったことだ。いかに謝罪して償って反省するか、が大事だと冷静に考えていた。
「全員、ここに親を呼べ。事情も聞かれるだろうから、自分の口でしっかりと伝えろ。」
中でもコウタは一番動揺していて、声にならず親に説明できなかったので、俺が電話を代わり説明して塾まで来てもらうように言った。
生徒8人と、急に来られた保護者様5人が教室に入った。
急に呼びだされた保護者様は、買い物袋を持っている方や、家着のまま駆けつけた方もいた。
そのうちの一人の母親が、息子を平手打ちした。
他の三人の母親は最初は取り乱していたが、やっとのことで状況を把握してきたようだ。
もう一人、コウタの母親は一人だけ、実に冷静で、ずっとコウタのことを見つめていた。
お母さんのうちの一人が、甲高い声で俺に言い寄ってきた。
「塾の責任ですよ!どうしてくれるんですか!?」
「塾外で起きたこととは言え、塾の仲良しメンバーが集まってやったことです。責任を強く感じております。すみませんでした。」
深く深く頭を下げた。
そして、生徒たちの前に立ち、深呼吸をしてから言った。
「俺は今日限り教師を辞める。世間に許してもらえないのなら、塾も今日限り閉鎖する。」
つづく。
かなりの量になったので、今日はここまで!